自分をめっちゃ好きになる方法【まじめで自分を責めちゃうあなたへ】欠点は病気ということにしちゃって、もっと生きやすくしよう~!

自分特有の欠点ってありますよね。

「人見知りでうまく人の輪に入れない」
「キレたくないのに、つい怒りスイッチが入ってしまう」
「人の言葉に傷つきやすく、メンタルが弱いのを治したい」

治したくてなんとか努力するんだけど、
でもどうしても出来なくて、
その度に落ち込むの繰り返し…。

欠点ばかり見て生きるのって結構辛いと思います。

そこで私はひとつの答えに辿り着きました。
それが…

欠点を『病気』だと考えて、正しい対処をする!

ということです。

これを実行することで、時には自分を適切な方向に導き、時には重い病気として捉えて正しい処置を行い、時には自分を許すして人生を軽やかにすることが出来ます。

でわ具体的に説明します。

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欠点を病気と考える理由

なぜ欠点を病気と同じに考えるかというと、そう思った方が適切な対応ができて、もっと人生が楽になるからです。

骨折してたら走りたくても走れません。
インフルエンザだったら、体を動かしたくても出来ません。
腹痛だったら、美味しいディナーがあっても食べられません。

だからって自分を責めたりしないですよね?
病気だし仕方ないか~。で済ませられますよね。

その考え方を欠点に当てはめるのです。

2つのシチュエーションで具体的な方法を学ぶ

人見知りを治したい場合

 

人見知りを病気と考えれば、
『出来なくて当然!出来たらラッキー♪』
と考えられるようになります。

たとえば、足を骨折してしまったら、走りたくても走れませんよね。タイムを縮めたいと思っても不可能です。

これを人見知りにたとえると、人見知りなのに大勢の輪に入って、しかも爆笑を取ろうとするようなものです。

これは人見知りを欠点だと思っているから、
根性論で何とかなりそうな気がしちゃうんです。

でも人見知りを骨折と同じような病気と考えれば、自分は何が出来て、何が出来ないのか分かるようになります。

「会話は無理だけど軽い挨拶だけしてみようかな…」
「大勢の中で話すことは無理だけど、一対一なら会話できるかも…」
「何か一個だけ質問してみて、会話のきっかけ掴もうかな…」

こんな感じで、人見知りを治すことにこだわるんじゃなくて、人見知りだからこそ、どんなことだったら自分でも出来そうかを考えていきます。

そして、小さい試みが成功したら自分をすごく褒める。
もし失敗しても『人見知りだし仕方ないか』と開き直る。

これで自分を責めることもなくなり、自分を許しながら前へ進みことができます。

キレ癖を治したい場合

「特定のことを言われるとついカッとなってしまう。。。」

今まで頑張って抑えようとしてきたけど、どうしても無理。何故だか頭の中が真っ白になってしまい、一瞬でプチッとキレてしまう…。

この場合は、重い病気ということにしちゃいましょう。

重い病気なんだから民間療法しても治らない。
なのできちんとした治療をするのです。

私が昔読んでいた本に興味深いものがありました。
それがこの本です。
キレる私をやめたい ~夫をグーで殴る妻をやめるまで~ (バンブーエッセイセレクション)

この本の著者は、否定やアドバイスをされると、自分がとてもダメな人間だと言われているように感じしまい、頭の中で「パンッ」と何かが弾けてキレてしまうという悩みをお持ちでした。

しかしゲシュタルト療法と出会い、キレてしまう原因は劣等感からくるものだと判明しました。

さらにゲシュタルト療法により、その原因を作ったきっかけは、むかし親に認められなかった無念の想いだったことに気付きました。

頑張っているのに認められない。だからアドバイスされたり否定されると、「こんなに頑張っているのにこれ以上どう頑張れっていうんだ!」という突発的な怒りになってしまっていたのでした。

そして過去の自分と向き合い、見事キレる自分を克服することができました。

欠点には単純に解決できるものから、昔からの積み重ねで悪化している場合があります。病気だと思い適切な対処をすることによって、正しい解決法を模索できます。

まとめ

欠点を、甘えとか努力不足なんて言葉で片付けてしまうのは、自分も相手も大変つらいことです。

病名こそないけれど、病気と同じように適切に対処することが大切です。

◆欠点に無理をさせないで、正しい方向に導いてあげること
◆欠点を努力とか根性で治そうとしないこと
◆欠点を独学で治さず、正しい治療を行うこと
◆欠点を病気だと思って、良い意味で諦める心が大事

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